ネットの誹謗中傷、いまどこで詰まっているのか──現状・課題から対案を考える

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私たちが今使っている武器は、実はそこそこ鋭いが振り下ろすのに時間もお金もかかる代物だという話
SNSの普及に伴い誹謗中傷による痛ましい事件が多発する昨今、法改正が行われ対策も手厚くなっているように思えるが、それ以上に「拡散力」が力を持つ構造によりいまだ誹謗中傷に苦しむ人が数多くいます。では今、誹謗中傷対策はどうなっているのかを振り返ってみます。
まず刑事面に目を向ければ、名誉毀損罪と侮辱罪という二枚看板がある。侮辱罪は2022年の法改正で罰則が「懲役一年・罰金三十万円」へと一気に引き上げられたおかげで、悪質なポストを放っただけでも「犯罪になるかも?」という可能性を含むほどハードルが下がったものの、実際に警察が動き出すまでには被害届受理→捜査→送検という長い時間を待たねばならず、その間に炎上は山火事のように広がってしまうのが現実です。
一方、民事では「傷つけた分は財布で償え」とばかりに損害賠償請求が使えますが、加害者の氏名や住所が分からなければ訴状すら届けられず、そこで威力を発揮するのが2022年施行の改正プロバイダ責任制限法、いわゆる『ワンストップ開示手続』ですが、IPアドレスをつかんでから実名までたどり着くルートは短くなったとはいえ、弁護士費用と手数料で十万円単位が飛ぶため、財布が軽い被害者ほど泣き寝入りに追い込まれやすいという逆転現象が依然として残っています。
さらにプラットフォーム規制としては2025年4月に始まった情報流通プラットフォーム対処法が「大規模SNSは削除窓口を整え、対応統計を毎年公開せよ」と号令をかけたおかげで、「相談メールは送ったのに既読スルー」問題が少しは改善する見通しになりましたが、対象が大規模に限られるため、中小の掲示板や海外サービスは「ウチ関係なし!」とシレッと抜け道を歩いているのが実情です。
壁が四枚も重なっているから、結局のところ炎上は鎮火より拡散が先に来る
第一の壁はスピードです。ワンストップ手続があるとはいえ、法的書類が役所と裁判所を往復する間に投稿はリポスト(拡散)の荒波へとさらわれ、元の火種がどこにあったのかさえ見えなくなり、その間に見るのも不快な投稿は多くの人の目に届く。
第二の壁は費用で、弁護士にお願いして開示請求を進めれば着手金が発生し、裁判所に納める手数料も積み上がり、最終的には数十万円の「追い出費」を被害者が背負うケースが珍しくありません。
第三の壁は国境。サーバーが海外に置かれていたり匿名掲示板がVPNの向こう側に潜んでいたりすると、日本の開示命令が届いても「Sorry, we don’t have to comply」とあしらわれることが多く、ここで捜査も請求も立ち往生します。
第四の壁は「表現の自由 VS 過剰削除」というジレンマ。罰則強化によって企業や政治家が「それ名誉毀損だぞ!」と批判封じのスラップ訴訟に走るリスクが高まり、プラットフォーム側も訴えられるくらいならと合法な批判までバサバサBANしがちで、沈黙のネットという別のディストピアが顔を出しす危険性です。
そして忘れてならないのは被害者支援の薄さで、総務省の相談窓口は存在するものの、その先のメンタルケアや訴訟費用補助まで寄り添う公的仕組みはまだ貧弱で、「相談したけど結局自腹と自己責任だった」という声が後を絶ちません。
『三位一体ロジック』で時間・費用・国境・濫訴の四面楚歌を崩しに行く
そこで考えうる支援策は、(1)カネ、(2)スピード+国境、(3)透明性と濫訴防止――この三点をパッケージにした『三位一体ロジック』です。
まず(1)カネの壁を壊すために、国が「誹謗中傷救済ファンド」を立ち上げ、開示・削除・訴訟にかかる実費を立替払いし、勝訴後に加害者へ回収する分割払い方式を導入すれば、経済力の有無で泣き寝入りが決まる今の逆転構図をひっくり返せます。
次に(2)スピードと国境対策として、プラットフォームと連携した「24時間暫定削除→異議があれば第三者審査」を標準化し、海外事業者には日米EU協調の相互執行協定を結んで開示命令の国際パスポート化を進めれば、燃えている最中の拡散を物理的に止められます。
最後に(3)透明性と濫訴防波堤については、大規模だけでなく中小サービスにも削除基準の公開と半期ごとの統計報告を義務づける一方で、公益性の高い批判に対してスラップの恐れがある訴訟は早期却下+原告側にコスト負担を課すルールを設ければ、正当な批判は守りつつ悪質な口封じは跳ね返すというバランスが取れるはずです。
それに加えて、ベタではあるが長期的な対策として、学校教育と社会人リスキリングで「SNSでやってはいけないこと」と「法的リスク」を叩き込むことで、加害者になるつもりはなかったという無自覚型トラブルを予防し、長期的には投稿文化そのものをアップデートしていくことが効果的です。
悪口ゼロは幻想だが、炎上が人生を焼き尽くさない社会は現実にできる
結局、現行法は武器として存在するものの、時間・費用・国境・濫訴という四枚の壁が邪魔をしていてその刃先が被害者に届く前に炎上が手の付けられない規模へと化けるのが最大の問題です。
そこで“三位一体ロジック”――救済ファンドで費用障壁を取り払い、24時間暫定削除+国際協調でスピードと国境を突破し、透明性強化とスラップ防止で言論の自由を守る仕組みを実装すれば、「悪口ゼロ」という理想論ではなく「被害を拡大させない現実的な仕組み」が手に入るはずです。
最後に必要なのは私たち一人ひとりが言葉は刃物だからこそ使い方を学ぼうと腹をくくる、そのシンプルだけれど強烈なマナー意識ではないでしょうか。