
ベーシックインカム(以下、BI)の議論で常に問題となるのが、「財源をどう確保し、長期的に持続可能な制度として機能させるか」という点です。BI議論で一番白熱すると言っても過言ではないでしょう。
新時代の雇用変動や格差拡大に備えるためとはいえ、実際に大規模な給付を行うには、多額の資金をどう工面するかを明確にする必要があります。
経済学界ではこの財源確保の一案として国債発行と税制改革の組み合わせが提言されており、近年のBI財源論の中で最も現実性と説得力を帯びた政策案のため、今回のブログを通して解説します。
1. 国債発行による短期的な資金調達
(1) なぜ国債が必要なのか
大規模なベーシックインカムを導入しようとすれば、最初に問題となるのは「給付開始時に必要な資金」をどう確保するかです。いきなり大幅な増税を行うと、国民生活や企業活動に負担が大きすぎるため、段階的かつスムーズにBIを始める必要があります。
- 即効性と大規模性
国債発行による資金調達は、比較的短期間に多額の資金を集められるメリットがあります。 - 低金利環境の活用
日本は長らく低金利環境が続いており(※)、利払い負担を抑えながら国債を発行しやすい状況です。
※1999年からゼロ金利政策が始まり、以後長期間にわたり0%付近で推移している
(2) 需要喚起とインフレのバランス
国債で集めた資金をBIの給付に回すと、低所得層を含む幅広い層に現金が渡るために消費意欲が高まります。
- デフレ状態の緩和
需要不足に陥っている日本経済にとって、BI給付は需要喚起策にもなる。 - インフレ懸念への対処
急激にお金をばらまけばインフレが進むリスクもあるが、AIやロボットによる生産性向上が進めば供給力が拡大するためインフレを一定程度抑制できる可能性がある。 - 日銀の協調
国債発行による調達は、中央銀行(日本銀行)が国債を買い入れる枠組みとセットで考えられることが多く、金利上昇への不安を和らげる効果も期待できる。
2. 税制改革による長期的な安定
(1) 所得税の累進強化
ベーシックインカムは「全員に同額を支給」するため、当然ながら富裕層にも給付が行われます。
これに対して、「高所得層には不要なのでは?」という疑問がしばしば上がります。そこで、所得税の累進度を高める(お金を持てば持つほど税負担が増える)ことで、高所得者が受け取ったBI分以上の税負担をする形をつくり、実質的な再分配を果たすのが一般的な考え方です。
- 高所得層への回収
累進課税を強化すると、給付があったとしても高い税率で課税されるので、手元に残る金額は小さくなる、またはマイナスとなります。結果的に、高所得者層のマイナス分が低所得者層に分配され、低所得層が大きな恩恵を受けることが可能です。 - BIとの親和性
BIは「条件なし」で支給する一方、税金を通じて高所得層から回収する仕組みがあるため、給付・回収の両面で公平性を担保しやすいといえます。
(2) 富裕層やプラットフォーマーへの課税
AIやロボット、ビッグデータを活用できる企業・富裕層は、劇的に収益や資産を増やす可能性があります。一方で労働市場は縮小傾向にあり、格差が拡大するため、こうした「テック企業や富裕層が得た超過利益」を社会全体に還元する税制が必要だというわけです。
- ロボット・AI課税
効率化による追加利益に対して課税を行い、BI財源として還元する案。ただしこれはタイミングを間違えると日本のAI産業発展の足かせとなる恐れがあるため、タイミングは機が熟し、業界が軌道に乗ってから実施するなどの注意点が必要です。 - デジタルプラットフォーム課税
巨大IT企業(GAFAなど)から適正な税を徴収することで、莫大なデータ資源から生まれる利益を分配する仕組みが考えられています。※2021年にOECD加盟国を中心に約140か国が合意しているので、日本も及び腰にならないことが条件
(3) 国債発行と税制改革のバランス
- 当初は国債発行で必要資金を一括調達
- 景気が悪い場合でも迅速にBIを開始できる。
- 中長期的には増税や課税強化で財源を確保
- 経済が好転してきた段階で税制改革を実行し、国債依存を抑制する。
このように、国債発行(短期)と税制改革(長期)の2本柱で支えるのが基本的な考え方です。
3. ベーシックインカムの持続可能性をどう確保するか
(1) インフレ率や金利のモニタリング
- 過度なインフレを起こさない管理
適度なインフレは借金の実質負担を下げ、景気を刺激する面もありますが、制御不能な高インフレは経済を混乱させます。そのため、発行する国債量と中央銀行の金融政策を常に調整しながら進める必要があります。 - 生産性向上との両立
AIやロボットにより供給能力が上がる分、インフレ圧力は緩和されるとの見立てもあり、生産性向上と需要拡大の両輪がバランスするようにマネジメントすることが重要です。
※この二点は非常に質の高い経済政策です。理想的なBI論として書いています
(2) 制度の段階的導入と評価
BIはいきなり最大規模で導入するのではなく、少額から始めて徐々に拡大すべきだです。この段階導入を通じて、
- 経済・社会への影響を検証
給付が就労意欲に与える影響や物価上昇の度合いなどを定点観測しながら、制度を柔軟的に修正する。 - 財源の拡充タイミングを見極め
国債発行に頼る割合を徐々に減らし、増税や税制改革、政府のコンパクト化で安定した財源を確保していく。
4. BIを支える「国債+税制改革」というハイブリッド戦略
ベーシックインカムを長期的に安定させるには、「国債発行による即効性」と「税制改革による持続的な再分配」の二つをうまく組み合わせることがカギとなります。
- 国債発行
- 短期間で大規模調達が可能、デフレ脱却のための需要刺激効果。
- 金利やインフレ動向をモニタリングし、過度なリスクを回避。
- 税制改革
- 所得税の累進強化や富裕層・プラットフォーマーへの課税強化を組み合わせ、BI給付を実質的に高所得層から回収。
- 中長期的な財源を確保し、国債依存度を引き下げることで制度を安定運用。
AI時代の雇用変化に備え、低所得層が生活基盤を失わないようにするためには、どうしても大きな財政支出が必要になります。そのための手段として、「国債+税制」のハイブリッド戦略は、景気対策と格差解消を両立させる可能性を秘めています。
持続可能な制度設計を実現するためにも、財政運営や税制改革の在り方を根本から見直すタイミングに来ているといえるでしょう。
5.最後に「国債発行」について
国債発行はしばしば「将来世代にツケを回す」「財政破綻を招く」という懸念と結びつけられますが、実際には自国通貨での国債発行と家計の借金は全く性質が異なります。※この辺りはメディアが「国債発行は国民の借金」のような歪曲した情報を拡散したせいだと考えています。
まず、政府が通貨発行権を持つ以上、返済不能による破綻のリスクは限定的です。むしろ、過度なデフレに苦しむ日本では適度なインフレを誘導するための国債発行は需要喚起や景気回復に役立ちます。
金利上昇も日本銀行の買い入れなどで一定程度制御可能であり、膨大な公共債務を抱えながらも信用不安に陥っていない事例が示すように、慎重な財政運営次第で安定した借り入れが続けられます。
また、将来的に経済規模が成長すれば、税収増により債務負担は相対的に軽減されるため、国債は「未来への投資」と捉えることもできます。社会保障制度の拡充やベーシックインカムの給付によって得られる恩恵は、将来世代にとっても大きな財産となり得るため、国債発行を一概に「悪」と決めつける必要はないのです。
国債発行をロボット掃除機に例えてみると
たとえば「毎日1時間、家の掃除機がけに使っていた時間を、働く時間に回せばお金を稼げる」と考えたとします。
そこでロボット掃除機を買って、掃除を自動化して浮いた1時間でパートをすれば、その収入でロボット掃除機の代金をまかなえるうえ、やがてプラスの利益に転じます。
この一時的な出費(ロボット掃除機の購入費)は、将来の収入増や家の快適度向上を見込んだ「投資」であり、国が国債を発行して将来の税収や経済成長を見越して社会インフラに投資するイメージと似ています。
どうでしょうか?国債に対するイメージも変わったのではないでしょうか?
