【雑感】自分自身へ認知症ではないという証明は可能か?【短文】

認知症の証明

ブログに書くには雑感になってしまうが、Twitterで書くには文章量が足りないため、少し思うことを取り留めもなく書きたいと思います。


今日、認知症の母親を持つ女性と話をする機会がありました。年齢で言えば60代でしょうか、ボクの親と同世代の方です。

彼女の話では、80代の母が認知症になり会話が成立しない、また本人が認知症であることを理解できない、その為に生活での補助が体力的にも精神的にも非常に辛いという内容でした。

そこでは市のサポート窓口を紹介して話が終わりましたが、ボクの祖母も亡くなる前に認知症になった当時を思い出しました。

認知症は証明されても証明そのものを忘れてしまう

ボクの祖母は無くなる前には親族の顔も名前も忘れていました。認知症というと物忘れがひどくなるなどの症状から単純に記憶力の低下と考えられがちですが、実際には脳細胞の破損による脳機能の低下から引き起こされる症状であると証明されています。そのため、自身が認知症に患っていることを理解できていないケースが大半です。

そうなると、認知症を患っている人の目に映る世界は、認知症を患っていない人の目に映る世界とまったく同じではないでしょうか。
なぜならば認知症を患っていない人は、自分が自分自身に対して認知症を患っていないという理解をさせることができないからです。

認知症を患っている人は自分自身が認知症ではないと考えています。(仮に周囲からの指摘で認知症であると理解する瞬間があってもその記憶は(症状によっては数秒後に)失われるから)

ボクは自分が認知症ではないと考えていますが、その証明を自分自身にすることはできません。仮にボクが認知症だった場合、医者の診断を受けて認知症であると証明されてもその証明そのものを忘れてしまうはずです。その結果、ボクは自分が認知症ではないという認識をしてしまいます。

逆にボクが認知症ではなかったとしても、それは認知症であるにもかかわらずその診断結果を忘れてしまっている可能性だってゼロとは言い切れないから、今この瞬間もボクが認知症ではないとは言い切ることができません。

これは認知症に限らず、脳細胞の損傷により記憶力が著しく低下した状態であればすべて同じことが言えます。

ふと、今 自分を構成している記憶が実は実際の記憶と異なるのではないかなぁ なんて思う時がありますが、これは考えても答えが出ることはありませんね。


明ヶ戸亮太(あけど亮太):経営者×市議会議員
現在40歳:川越市議会議員(現在三期目)・広告会社代表取締役・ICTコンサルタント・FPのマルチタスク / JAPAN MENSA会員
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