コミュニティが必要なわけ

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

コミュニティとは

著名人によるコミュニティ不要論が叫ばれる中、コミュニティに対するイメージは「しがらみ」や「足を引っ張るもの」とネガティブなイメージが広まっています。

しかし本当にコミュニティは不要なのでしょうか。

ボクはコミュニティは三大財産のひとつであると考えるので、今回はコミュニティについてネガティブなイメージを払拭すべくコミュニティの重要性について書いていきます。
※ちなみに三大財産は「スキル」「信用」「コミュニティ」。

ビジネスの世界では技術や知識などのスキルを持ち合わせた人間に信用が生まれます。
その信用がコミュニティの中で繋がり、始めて資産形成を生み出します。

著名人でコミュニティ不要論を掲げる人ほどすでに膨大なコミュニティを持ち合わせているため、その意味はやみくもなコミュニティ構築に精を出すことへの警鐘であり、しがらみやあなたの足を引っ張るコミュニティは不要という重要なポイントが抜け落ちていることが多々見受けられます。

著名人でもないボクらが目指すべきは質の高いコミュニティの構築であり、孤独に生きろという意味ではないことを理解しなくてはいけません。

では、そもそもコミュニティとは何だろうか。
コミュニティを和訳すると「共同体」や「地域社会」と解釈されます。要するに特定の共通目標(目的)に対して集まった集団です。

これまでは「家族」であったり「地域」であったり「部活やサークル」などがこれに該当しましたが、今は情報社会。情報化によってボクらは世界と繋がり、コミュニティの枠はますます広がりつつあります。

コミュニティの多様化

これまで手を伸ばせば届く、そんな距離感でコミュニティは構築されてきましたが、これからは世界を対象にコミュニティを構築していく必要があります。

日本のアニメ文化は世界最先端です。そのアニメで趣味で繋がる人はまさにワールドワイド、あらゆる国籍の人びとが一つのコンテンツを軸に熱狂的なコミュニティを構築しています。

また、地域コミュニティもご近所や自治体レベルから都市レベルへと拡大し、その情報量は一昔前とは比べものになりません。

顔の見えない相手とのコミュニティはすでに常態化しています。だからこそコミュニティの枠は加速的に膨張し、そのコミュニティ間における情報の活用、そして信用獲得までを念頭に置きながらコミュニティ内での価値ある情報の発信が求められます。

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コミュニティの効果

コミュニティを三大財産の一つと考えるほどコミュニティの持つ価値は莫大です。

もしあなたが山奥で自給自足生活を営んでいるのならばコミュニティは確かに不要かもしれません。他者に求める情報もなにも求めていないからです。

しかし、交流を持つコミュニティ(学校や会社)で活動をしているならば、うわべだけのコミュニティ不要論を真に受けてはいけません。

コミュニティは情報です。同じコンテンツでも異なる立場の人たちという異なる角度から見た情報はコミュニティを介していなくては目にすることができません。異なる角度の視点から発せられた情報はコンテンツが持つ価値の変動を体感することができるし、コンテンツの価値を最大化する気付きをも与えてくれます。

そしてマネタイズです。
どれだけ素晴らしい作品を創り上げるアーティストがいてもそれを見てくれる人がいなければ誰にも評価されません。
言い方は悪いかもしれませんが、あなたの価値を客観的に査定してくれるコミュニティは自身の活動のリトマス紙になります。
そこで問題が見えれば軌道修正できるし、問題が見えなければその間違った手法を繰り返し無駄に時間を浪費してしまうことになります。

まとめ

ビジネスの観点からもコニュニティの構築は欠かせません。
しかし、やみくもに所属するコミュニティを増やしたり広げるのではなく、質の高いコミュニティを構築することを念頭に置いておかなくてはいけません。

質の低いコミュニティではそれこそ不要論者の言うように、あなたの時間を無駄に消耗し、やがて誤った情報に振り回されてしまう点が危惧されます。

質の高いコミュニティ内において磨いたスキルを発揮して信用を獲得すること、これがビジネスのみならずライフスタイルにおいても質の高い結果へと導きます。

QOL(クオリティ・オブ・ライフ)という言葉があります。
読んで字のごとく質の高い生活を手にするためにも、質の高い情報を扱うコミュニティを構築しましょう。

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