【活動報告】不登校児童生徒への支援が一歩前進!

繰り返し提言してきた、【不登校児童生徒へのオンライン学習支援】ついに教育委員会より実施の方針が示されました!

国のGIGAスクール構想に伴い、川越市立小中学校にタブレットPC(以下、端末)が配布されました。それにより、授業の一環で端末を用いた資料作成や調べごとが行えるようになったことはデジタル社会において必須課程です。
※ちなみに、端末導入により得られる効果は学習レベルの向上ではなく、端末操作を通してデジタルの概念を体験して身に付けることが最優先だと考えます。


しかし、これまでの教育現場では主に教材としての端末の活用、コロナ時の密回避のためのオンライン授業が主となっており、不登校児童生徒への学習支援としての利活用は示されていませんでした。そこで、あけど亮太はいじめなどの「本人が学校に行きたいのに行けない」環境にある児童生徒への学習支援としてオンライン授業のリアルタイム配信を繰り返し提言し続けてきました。


令和4年度教育行政方針において本件の方針を質疑したところ、教育委員会として不登校児童性への学習支援にオンラインの活用が含まれる旨の答弁がありました。これにより不登校児童生徒であってもリアルタイムで学校の授業に参加することが可能となります。


ただし、学校は勉強をするだけのところではありません。同世代、異世代との交流を通してコミュニケーション力を育む貴重な場です。この学習とコミュニケーションの両輪を組み立てるためには、オンライン授業導入のみならず、一人でも多くの子供たちが学校に行けるのが当たり前の教育現場となるよう、引き続きいじめ対策にも尽力してまいります。


明ヶ戸亮太(あけど亮太):経営者×市議会議員
現在41歳:川越市議会議員(現在三期目)・広告会社代表取締役・ICTコンサルタント・ファイナンシャルプランナー / JAPAN MENSA会員 / フィジーカー(APF大会ベスト8)
マルチタスク・ラボ
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著書:マルチタスク思考

※川越市のプロフィール(川越市HPより抜粋)
川越市は、埼玉県の中央部よりやや南部、武蔵野台地の東北端に位置し、109.13平方キロメートルの面積と35万人を超える人口を有する都市です。
遠く古代より交通の要衝、入間地域の政治の中心として発展してきた川越は、平安時代には桓武平氏の流れをくむ武蔵武士の河越氏が館を構え勢力を伸ばしました。室町時代には、河越城を築城した太田道真・道灌父子の活躍により、扇谷上杉氏(おうぎがやつうえすぎし)が関東での政治・経済・文化の一端を担うとともに、河越の繁栄を築きました。江戸時代には江戸の北の守りとともに舟運を利用した物資の集積地として重要視されました。
大正11年には埼玉県内で初めて市制を施行し、昭和30年には隣接する9村を合併し現在の市域となり、平成15年には埼玉県内で初めて中核市に移行しました。
川越市は、都心から30キロメートルの首都圏に位置するベッドタウンでありながら、商品作物などを生産する近郊農業、交通の利便性を生かした流通業、伝統に培われた商工業、豊かな歴史と文化を資源とする観光など、充実した都市機能を有しています。現在も、埼玉県南西部地域の中心都市として発展を続けています。
市内エリア:本庁管内、芳野地区、古谷地区、南古谷地区、高階地区、福原地区、山田地区、名細地区、霞ケ関地区、霞ケ関北地区、大東地区、川鶴地区

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